【序論】
昭和62年に発症し、入院歴が3回ある難治性の潰瘍性大腸炎に対し
鍼灸治療を行い良好な結果が得られたので報告する。
【症例】
49才 女性 自営業(酒店経営)
昭和62年ごろ血便を伴う軟便が始まり,A総合病院を受診し潰瘍性 大腸炎と診断され、2週間ほど入院しほぼ緩解して退院した。平成3年11月に 再発しA総合病院へ40日ほど入院をしたが軽快せず、平成3年12月9日にB病 院を紹介されて入院した。入院中はプレドニンやサラゾピリンなどの西洋薬を 高濃度に用いて内科的な治療を行ったが、あまり変化はなかった。 平成4年1月ごろより中心静脈栄養法(IVH)による点滴にて1ヶ月の絶 食を行って大腸内の安静を保って治療したが著変はしなかった。それでも翌平成 4年4月5日にはそれまでの内科的治療が効を奏し、緩解まで至らないものの日 常の生活ができる程度に軽快したので退院した。 その後外来にて通院していたが薬の効果がそれ以上見られず、満月様顔貌など の副作用などが目立ち始めたため、医師と相談の上服用していた西洋薬のうちプ レドニンを徐々に減らして、B病院を退院後約1年で中止した。西洋薬のうち、 貧血の改善のためにもらっていた薬だけは鍼灸治療開始後も時々のんでいた(い つ中止したのかは不明である)。 平成6年6月に主治医がC総合病院に転勤したため、本症例もC総合病院に転 院し、現在は特に悪くなければ3か月に1度位しか通院していない。 現在は午前中だけで3〜5回、正午〜就寝前までで3〜5回も泥状の粘血便を 排便する。特に疲れていて調子が悪いと夜間就寝中も便意のために2回ほど目が 覚める時があり、よく眠ることができない事がある。貧血もあるため、非常に疲 れやすく常に倦怠感を感じる。仕事は自営業で酒店を営み主に店番をしているが、 立っているのが辛く、客足が途絶えるとすぐに横になって休んでしまうし、特に 調子の悪いときは店を閉めて一日中横になっている。食欲はあまり無いが普通に 食べられ、貧血に効くように鉄分の多く含んだものを選んでなるべく多く食べる ようにしている。腹痛や腹部の膨満感・体重の減少・嘔気や嘔吐などはない。 この病気以外に特に病気で医療機関に受診したことはないが、潰瘍性大腸炎に よる今回の主訴のほかに常に首・肩が凝り、これだけでも日常の生活に苦痛を感 じる。ときに頭痛や腰痛(完全な運動時痛)が起きる。たばこやアルコ−ルは嗜 好しない。
【既往歴】 特記すべきものなし 【家族歴】 特記すべきものなし
【診察所見】 顔色はやや青白く、眼瞼結膜も赤みが少なく貧血を思わせる。腹部 に腫瘤や反動性疼痛、筋性防御はない。体温は正常で35.8度。脈拍数78/分、脈 状は浮・やや数・虚である。頸部・腋窩・鼠頸部のリンパ節に腫張は認められな い。 頚椎の運動により肩の凝り感は増悪しないが、頸部より肩甲上部・腰背部にかけ て筋の硬結が見られ、天柱 風池 六頚 肩井 大杼 心兪 身柱 腎兪 十七 椎などには著明な圧痛が認められた。手・足を触診すると、孔最 曲池 陰陵泉 などに圧痛を伴う硬結が見られ、腹部では左腹結 左大巨、石門に圧痛が見られ た。
【要約】
【informed consent】
【治療】 愁訴の緩解を目的に以下のように治療した。 |
第1回 平成6年4月28日
ステンレス製寸3 1番鍼(40mm16号鍼)を用い、仰臥位にて孔最 曲池 陰陵 泉に5〜10mmほど刺鍼し、2〜3度の軽い雀啄のあとすぐに抜鍼し、腹部の左右腹 結と左右大巨 石門、中カンに10〜20mm ほど刺針し、すぐに抜鍼した。 背臥位にて天柱 風池 六頚 肩井に5〜10mmほど刺鍼しすぐに抜鍼した。 大杼 心兪は5mmほど下方に向けた斜刺で刺針し、身柱 十七椎は直刺で5mmほど刺針し、 腎兪はやや内側に鍼先を向けた直刺で20mmほど刺針しそれぞれ抜鍼せず10分間置 針した。 置鍼後、大杼 心兪 身柱 十七椎 腎兪に半米粒大の艾柱による直接 灸を7壮行った。
第5回(20日目) 平成6年5月18日
第10回(39日目) 平成6年6月6日
検査
大腸の粘膜上は黄苔と白苔が多数見られる。
第15回(69日目) 平成6年7月6日
検査
視野の中央に深い潰瘍があるが、出血はない。
第53回(574日目) 翌平成7年12月6日
検査
大腸の粘膜上に潰瘍はみられなくなり、ほとんど正常である。
第55回(611日目) 翌平成8年1月12日
潰瘍性大腸炎の再発ではなく大腸ガンの発症の心配もあり、病院での検査を受
けるように指示した。
第60回(646日目) 平成8年2月16日
検査
多数の潰瘍が認められ、その上に白苔が覆う。
検査
再発後再び緩解した粘膜の状態。
検査 昨年以降、緩解の状態で現在に至る。
現在も本症例は再発の予防と健康の増進のため来院し鍼灸治療を受療している。
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項目 検査日 | 赤血球数 (/立方mm) | 白血球数 (/立方mm) |
ヘモグロビン (g/dl) | 赤沈 (1時間値) | CRP | 血清総蛋白 (g/dl) |
治療開始前約90日 | 413万 | 4100 | 8.3 | 25mm | 陰性 | ------- |
第10回 40日目 | 428万 | 6700 | 9.0 | ------ | 陰性 | 7.4 |
第18回 96日目 | 476万 | 7000 | 10.1 | 18mm | 陰性 | ------- |
第34回 358日目 | 444万 | 7500 | 13.3 | 9mm | ----- | 7.4 |
第58回 644日目 | 417万 | 8600 | 12.8 | 4mm | 陰性 | 7.2 |
【考察】
本疾患は大腸の粘膜に現局して発症する炎症性の疾患で、
大腸の粘膜に炎症と潰瘍を形成し、病変は肛門から始まって
次第に盲腸側に広がるという特徴があり、下痢 粘血便 腹
痛 発熱などの症状が現れてしばしば日常生活に支障を来す1)。
本疾患は病変の範囲や経過、症状の程度にて以下のように
分類される1)。その全体に対する割合を記す。
経過による分類
症状による分類 本症例は上記の分類で、C総合病院の本症例の主治医である K医師によると、(直腸炎型/慢性持続型/重症/活動期 平成 6年6月当時)であった。
初発した昭和62年当時はA病院に入院し、ステロイド剤など
による内科的治療で短期間に緩解したが、再発し再び平成3年
にA総合病院に入院し、同様の治療を受けたものと思われたが
全く効果がみられず、3度目の入院となったB病院では平成6
年1月ごろより約30日間絶食し中心静脈栄養法(IVH)に
よる高単位の点滴を行って大腸内の安静を計ったが、直接の効
果があまり見られなかったという。
手術の適応になったものの分類と割合を記す6)。
本症例も難治で内科的治療に頑固な抵抗を示し、手術の適応
になるのではないかと思われたが、主治医のK医師によると手
術して罹患部位を切除してもまた再発する症例も多いとのこと
で、手術の選択はしなかったものと思われる。
本症例はB病院やC総合病院において十分なinfomed consen
t にもとずく医療を受けており、これにより自分の病気につい
て良く理解し、主治医との良好な信頼関係を持っていたことに
より精神的な安定を保持し、特に症状の再燃後の病状の経過に
良い影響があったものと思われ、本疾患に鍼灸治療の適応があ
ったとしても、当院においての鍼灸治療だけではこのような良
好な経過は無かったものと推察され、本症例と主治医の強い信
頼関係について見習うべき点が多い事を感じる。
本症例に対して平成6年4月28日より平成9年3月25日まで
1063日間97回鍼灸治療を行い、途中で症状の再燃を来したがお
おむね良好な結果が得られた。本症例や向田、奥間らの症例に
より本疾患に対し鍼灸治療は一定の効果があるように思われる。
謝辞…稿を終えるにあたり、本症例の主治医である済 生会福島総合病院内科の栗原陽一医師に、詳細な資料の提供な ど本稿を執筆する上で大変お世話になりました。この場を借り て厚くお礼申し上げます。
(1)福富 尉ほか:「潰瘍性大腸炎とは」 炎症性腸疾患のホ−ムペ−ジ (2)秋谷 忍ほか:「潰瘍性大腸炎」 南山堂 医学大辞典第16版 P274 〜 275 南山堂 1978
(3)向田 宏:「鍼灸を開始してから改善し始めた潰瘍生大腸炎」
(4)奥間 武ほか:「筑波大学理療科診療録 19 潰瘍性大腸炎の灸」 (5)小平 進:「大腸がん」 今日の健康 1995 2 月号 日本放送出版協会 1995
(6)高添正和ほか:「潰瘍性大腸炎の外科治療」 IBD NEWS vol.2
(7)矢野 忠:「W人に優しい鍼灸医学」 全日本鍼灸学会雑誌 45巻4号
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