

さかご(逆子・骨盤位)治療、あるあるの話。
昨日来院された妊娠第34週の産婦さん。
33週の検診時に初めてさかごと診断された方でした。
事前にいろいろお話を伺い、まぁエコーで確認して勝手に治っていればそのままお帰り頂くということで、
まずはお腹を見させていただきました。
胎動もみぞおちあたりが強いということで、触診でも丸く固いものがみぞおちにあり、まぁさかごだろうと。
エコーで確認すると、、、
ほんとね、10人に1人くらいの割合で勝手に治っているパターンがあります。
熟練の産科医でも、さかごの診断にはエコーが必須だそうです。
もちろん治療せず、初診料だけ頂いてお帰り頂きました。
産婦さん大喜びだったのは言うまでもありません。
妊娠後期に、お母さんのおなかの中で胎児の頭が下にあるのが普通というのは、実は割合近年になってから分かった医学的事実です。
西暦1,700年中ごろ、日本の産科医の賀川玄悦とスコットランドの産科医・ウイリアム・スメリーがほぼ同じころに発見したと言われています。
良かったら下記のリンクから、過去に書いたブログ記事をご覧ください。
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正確には、元患者さん、になるでしょうか。
なかなか妊娠しなくて、とうとう体外受精まで進み、何度か胚移植を行っても妊娠しない。
すっかり諦めていて、親の勧めで鍼灸治療に通い出した40歳目前の奥さんをいつも思い出します。
結果から言うと、二年半を毎週一回欠かさず治療を続け、奇跡的に自然妊娠して出産しました。
周囲に気を遣い、あらゆる治療を受けたけど妊娠出来なかった。でも諦めず私は頑張っているんです。と、とても辛い言い訳を二年半続けていたように、私はずっと感じていました。
この患者さんを当院に連れて来たと言うのが、夫のお母さん。つまり姑さんでした。
体外受精の排卵誘発は、お姑さんが自宅で注射をしてくれたそうでした。
また当院を勧めて一緒に付き添って初めて来院した際、うちの息子はどこも異常ないんですけどねぇ、とも言いながらの来院でした。
結婚してから15年目の初妊娠でした。
元気な女の子を出産されました。
あの日から、まじめに来院を続けた持ちは、妊娠を希望しての前向きな気持ちだったのか、あるいは、妊娠はあきらめていたけど周囲に対しての言い訳として通っていたのか。
ふと思い出します。
週明けの月曜日。
とても寒い日でした。今年は秋がないと言われていたほど、温かい秋でした。
びっくりするほどの冷え込みよう(^◇^;)
こんな日は治療室もヒマです。
午後早くに、小さなお子さん連れのお母さんがふたり来訪されました。
ふたりのお母さんは、お友達どうし。
体外受精を何度も受けて、なかなか授からないので鍼灸に来た方たちでした。
どちらも7 回とか8回、9回の胚移植をされていて、授からなかった方でした。
最初にひとりが鍼灸をはじめ、一年経ってからもう一人が来院するようななりました。
『三年くらい通いましたかね?』
『先生、何言ってんですか。五年も通いましたよ(笑)』
最初に来院した方は、妊娠された頃の採卵では、空胞が目立って来た方。
一年遅れて鍼灸を始めた方は、採卵の数は毎回良いのですが、受精培養後にあまりグレードの良い胚にならなかった方。
なにしろ五年ですから、当方の治療もいろいろ変わります。
より良い方法を求めてレーザーを加えたり、様々な先生のご指導で現在の治療になりました。
おふたりは、43歳、44歳で無事妊娠されました。
当院来院後、6回とか8回の胚移植でした。
おふたりのお子さんは一歳違い。
もしかしたら一緒に治療を始めたら、同級生になっていたかもしれません。
10年に1度の大寒波だそうで、なるほど気温も大変低く、雪もちらほら。この程度だったら、まぁ普通の雪なんじゃないかなと。
不妊治療に健康保険が使えるようになり、想像していたことですが鍼灸院に来院する方もだいぶ減ったように感じます。
それでも、以前から何度も体外受精を受けられてそれでも妊娠されなかったような方など、だいぶ以前から通院され、良い卵が多く取れるようになり、昨年より無事妊娠20週を迎えて卒業されるかたが続いています。12月の卒業は5名で、今月の卒業が1名となり、さすがに通院中の不妊患者さんが減ってきました。
昨日は3名の妊娠された方が来院
昨日は、自然妊娠できそうでなかなか授からなく、とうとう体外受精まで来てしまった30代初めの患者さんの、初めての妊娠判定後の来院でした。
結果は3週5日の判定で血中hCGが50、4週0日で320以上。しっかりした陽性だったようで、遅かったですが今年初めての妊娠例となりました。
毎回、黄体期後半は基礎体温表を確認する私も緊張します。
逆に、もう基礎体温表は記録しなくてもいいですよ、と告げるときは大変うれしいものです。
郡山市の乾マタニティークリニックが診療していたころ、1月4日の診療開始の日に8名の妊娠陽性があったと乾マタニティークリニックの培養士の菊地瑛子先生に聞いたことがありますが、実はこのうちの4名が当院の患者さんでした。この年は当院の妊娠例が80名を超えた年でした。
多分こんな時代はもうないのでしょう。ここ数年は年間の妊娠数は40~50くらいです。また年間の不妊の新患数は70名くらいです。
数回以内に来院しなくなった方を除き、妊娠率にすると、まじめに通院された方については大まかに70%くらいの妊娠率になると思います。
昨日は、30代半ばの方が妊娠中の腰痛で来院しました。
この方は不妊で当院へ来院された方でした。
自然妊娠した後流産し、その後なかなか妊娠しないため当院へ来院。途中で西那須野の石塚産婦人科さんを紹介させていただき、病鍼連携して治療していて妊娠されました。
妊娠も23週の中期ですが、看護師さんでとても頑張り屋の方。腰痛があってもお仕事を頑張っていたそうです。
妊娠中は、湿布は使えません。特に妊娠中期以降は胎児の腎動脈を細くするような副作用があるといわれています。
昨年末に妊娠19週を過ぎ、もう流産はないだろうといったん鍼灸を中止しましたが、仕事も大変ですし、妊娠による体の負担は大きくなるばかり。肩こりや頭痛もあるので、副作用のない鍼灸を行いました。
治療が終わって一応は念のため、胎児の確認をエコーで行います。これは病気の診断ではなく、鍼灸治療後にも胎児に異常はないか確認するために当院では妊婦さんの治療の際はなからず行っているものです。
23週ともなると胎児も大きくなります。男の子だそうで、元気に子宮内であちこち蹴っているそう胎動も激しいのだそうです。
また昨日は、夕方に妊娠30週の妊婦さんが来院しました。
この方はご縁のある方で、二本松の渡邊健先生が中学校の教壇に立っていた時の教え子さんでした。
もともと不妊で当院に来院されましたが、数回の治療で妊娠された方です。当院の妊娠基準からすると、『当院の治療は関係なく』自然に妊娠された方で、当院の妊娠率には関係のない方となります。
当院では自然妊娠や人工授精の妊娠数を計算する場合、1)治療期間に最低1回の月経期間が入ること。最低4回の治療を行っていることとしています。この方は3回の治療後、4回来院の際に妊娠が判明した方でした。
大寒波とかで、雪も降って治療室もヒマで(;^ω^) そろそろこの基準に照らし合わせ、当院の妊娠率についてカルテを数えてみようかな?と思います。
昨日夕方、患者様が朝顔の種を持って来て下さいました。

その患者様は、赤ちゃんからするとおばあちゃんです。
長らく赤ちゃんが授からない娘さんのために、当院で配布していた朝顔の種を大切に育てたそうです。
この種を含め、今年赤ちゃんを授かった方からの朝顔の種がたくさんありますので、来年の2月からまた配布を始めます。
当院では2011年から配布しています。
昨年の記事をぜひご高覧下さい。
今日もストレスを抱えた患者さんが大勢いらっしゃいました。
肩こり、頭痛、めまいなどはいうに及ばず、腰痛などにも日常のストレスが強く関与します。
また中高年以降は睡眠の質が低下し、寝つきが悪い・夜中に何度も目が覚める・朝方早くに目が覚める・日中眠い、活力が出ない、などなど。
こうした方は、首肩こりが非常に強かったりします。
下の写真の緑のシールを貼ってあるあたりが凝ります。

こうしたツボに鍼灸を行うと、鍼の刺激が非常に心地よく、うっとりとします。
いろいろなところで鍼灸の講演をさせていただきますが、そんな時いつもスライドで入れる動画です。

うっとりとした鍼灸の刺激で、セロトニンやドーパミンといった神経関連の物質が増えるという報告が多くあります。

ピンクのマーキングは日本の福田文彦先生の研究です。
脳の報酬系と言われる、鍼灸のストレスに関連する研究は有名な研究者です。
下の写真の真ん中がその福田文彦先生。左は先日、お墓参りでばったり再会した山田朋樹先生(精神科医・樹診療所・三瓶の同級生)

5年前にわが福島県鍼灸師会の創立70周年の時、お二人の先生に記念講演をお願いしたのでした。
その際に、記念祝賀会の2次会を郡山エキナカの『もりっしゅ』でひっそりと開催。
『鍼ってストレスに効くのですね』と、盛り上がりました。
ずっと、何年も当院に通われている自営業の男性の方がいらっしゃいます。
母親から受け継いだお店を立派に守り、母親はもうだいぶ早くに他界されました。
勤め人であった父親は、その後、だいぶ長生きをされたそうですが、認知症を発症されました。
自営業の患者さんは、いわゆる『家を継いだ』ので、独身であったので家業をしながら認知症の父親の面倒をずっとみておられました。
デイサービスに行った話、あまり事情をよく知らない、『外野』である兄弟たちの話、
治療に来られると、いろいろ話てくださいました。
仕事をしながら認知症の親の世話を1人でするなんて、並大抵ではありません。
その父親も虹の橋をわたり、母親の待つ天国へと旅立たれました。
今まで本当に大変でしたが、認知症の親を看取ると言う苦労より、親と一緒だった楽しかった思い出ばからりの夢を見るんです、と治療の際にお話下さいました。
最後まで親孝行をされた方の言葉なのでしょう。