大きな学会運営の記憶(1)

2024年5月に仙台国際センターを借り切って開催する、第73回全日本鍼灸学会の準備や運営に、昨年から深く関わるようになりました。

5月か来るともう8年前になりますが、そもそも第64回大会を郡山のビッグパレットふくしまを全館貸し切りで開催し、その際も私は準備、運営、開催に深く携わり、まぁ鍼灸師としてこんな大きな大会に関われて光栄だけど、この後、生きているうちにこういうことはないだろうと思っていたわけです。

全日本鍼灸学会 過去の学術大会https://jsam.jp/convention/congress/past-convention/

大会開催のため、2年以上前から企画を練り、会議を繰り返し。

会津医療センターの副院長室(大会会頭だった三潴先生の執務室)には、2年以上通いました。

下の写真は、大会間近になっての実行委員会。郡山商工会議所の別館だったと思います。

大会前日。
金・土・日の3日間の大会で、木曜午後に会場であるビッグパレットに事務局の荷物などを搬入。この大会では私は事務局長をさせていただいたので、こんな雑務が多かったのです。

このころ乗っていた車はトヨタのエスティマ。

3日間の実行委員約160名の飲料水など積み込んで、シャコタン状態。ぜったい過積載ですね。犯罪だわ(;^ω^)

大会1日目。朝のミーティング。

左から大会財務委員長の佐藤今一先生(矢吹町:あけぼの鍼灸院)、大会会頭の三潴忠道先生(会津医療センター漢方医学講座教授)、大会実行委員長の中沢良平先生(郡山市・一寸法師ハリ治療院)、三瓶(大会事務局長)、福田文彦先生(明治国際医療大学特任教授)、、などなど。

今思い返しても、大変な経験になりました。

私はにも口を挟ませていただけたので、『不妊』をテーマにしたセッションを企画してほしい、と意見させていただいたのでした。

不妊の鍼灸とは、当時はあまりエビデンスもなく、学会として取り上げる内容ではないと一蹴されそうになりましたが、福田先生『実態として不妊で鍼を受ける方も多く、そろそろ学会としても上級演題に取り上げるころかも』と言っていただき、シンポジウムなら、ということで正式なプログラムになった経緯があります。

不妊のセッションは人気も高く、これ以降の学会では毎回なにかしらの上級演題になっていったのでした。

はじめは、福島から始まったのでした。